ピザパンと守破離

私は料理を全然やらないのです。

古い昭和イズムに毒されているのでしょうか?ちょっとその原因は分かりませんが・・・
とにかく自宅で料理をするという事を振り返ると全然してこなかったなと感じます。

実は先日、地域の防災訓練をした時に、妻子が所用で帰郷しまし、て私一人の休日を過ごしました。
昼時、防災訓練で貰ったアルファ米とシソふりかけのセットでは物足りないが料理もしたくない。外出はもっと面倒臭い。
という謎の我ままメンタルが発動しまして(笑)
その際妻が「食パンがあるから消費しておいて」と言っていたのを思い出し、何か作って食べた時の、面倒臭がり屋レシピを(求められていないけど)公開します。

冷蔵庫を見たらスライスチーズとかハムとかそういったものはあったので、じゃあピザパンだなという事で、ケチャップとオリーブオイル、にんにくを隠し味にして胡椒をババッと適当に振りかけ、混ぜてソースづくり。

ハムとチーズをのせてトースターで加熱。端の方が適当に焦げてきたら完成!

冷蔵庫にあった高級(笑)グレープジュースを注いで出来上がり~~!
充実した一人ランチを過ごしたのでした。

・・・・・すいません、嘘をついていました。
料理は全然しないなんて嘘です。これは作った事があるものです。

これはやっぱりというか、この程度の料理の風上にも置けないものでも、やっぱり何もしていない人では作れないんですね。
でも、このピザパンに至るまでの技量には2パターンあって、それが

  • 料理の基礎ができている人がその経験上仮説を立てて作る
  • これを作った事があるので前回の反省を踏まえてグレードアップしたものを作る

の、2択なんですね。

もちろん私は後者。
以前見たレシピをなるべく忠実に再現しようと真っ直ぐこのレシピに向かって、そのアレンジ幅は全く無い狭い道路をただ進んでいるだけ。

一方、前者の人は恐らくソースづくりの時も「アレを入れたら良くなるな」とか「アレもトッピングしよう」とか思考の幅が広がって、更にグレードの高いピザパンが出来上がるのでしょう。

何の話か分かりますか?
そうです。世阿弥の話です(笑)

世阿弥とは、能という芸能を極めた人物で、その芸の習得過程を守破離(しゅはり)という3文字で表したことで有名な方です。

  • 「守」とは教わった事を忠実に守る。つまりとにかくレシピ通りに寸分違わず作ってみる
  • 「破」とはレシピを少し変えてアレンジを加える。殻を破って自分らしさを表現してみる
  • 「離」とはレシピから離れて新たに自身のオリジナルを生み出し、別の料理として確立する

私は「守」の状態であり、料理慣れした人は「破」の状態、そして「離」の人はこのレシピから全く違う新たな料理を生み出す状態であると、私は思うのです。

庭屋さんもこの法則に当てはめると、自身が今どのステージに居るのか?自らを振り返りながら技術の習得に励めるのかなと感じます。

社長