「しがらみ」という言葉があります。
普通は「人間関係のしがらみ」とか「昔からのしがらみ」といった、あまり良くない意味で使われていると思います。
実はこの「しがらみ」、もともとは造園や土木の世界にあるものです。
漢字では「柵」と書きます。サクです・・・そのままです。
地面に杭を打ち、その杭の前後を縫うように竹や木の枝を横に渡し、何段にも重ねていく。そうすることで土が崩れるのを防いだり、水の勢いを弱めたりします。
現在の造園でも、斜面の土留めなどに使われる昔ながらの工法で、当社でもちょっとした段差を良い感じに土留めしたりする時に、好んで使う工法です。
コンクリートのように完全に固めるのではなく、自然素材を組み合わせながら土を受け止める。見た目にも柔らかく、年月が経つにつれて庭や周囲の景色になじんでいくところも、なかなか良いものです。
では、なぜ人間関係の面倒なものまで「しがらみ」と呼ぶのでしょう。
もともとのしがらみが水の流れをせき止めるものであることから、次第に「人の行動を引き止めるもの」「まとわりついて自由を妨げるもの」という意味でも使われるようになったそうです。
そう考えると、実にうまい言葉だと思います。
竹を何本も交互に絡ませていけば、簡単には動かなくなる。
人間関係も同じで、「昔からこうだから」「先輩がまだいるから」「みんなそうしているから」と一本一本積み重なっていくと、いつの間にか身動きが取れなくなります。
当社では、こういう意味での「しがらみ」は極力なくしたいと考えています。
例えば仕事を終えて会社へ戻ってきたとき。
同じ現場班であれば、仲間が戻るまで待ったり、片付けを手伝ったりするのは当然です。しかし別の現場へ行っている先輩がまだ帰ってきていないからといって、「先輩より先に帰るのは失礼だから待つ」という必要はありません。
自分の仕事が終わっているなら、帰ればいい。
もちろん、挨拶をする、困っている人がいれば手を貸す、教えてもらったことには感謝する。
そういう礼儀は大切です。
でも、「礼儀」と「しがらみ」は別物だと思っています。
先輩を敬うことと、先輩に必要以上に合わせることは違う。
仲間を大切にすることと、意味もなく全員で時間を拘束し合うことも違います。
庭では土を留めるために、しがらみが役に立ちます。
でも会社では、人の動きを止めてしまうようなしがらみは、なるべく少ない方がいい。
必要なのは、互いへの礼儀と気遣い。
そのくらいの風通しの良さが、ちょうどいいのではないかと思っています。



