Facebookというものは面白い仕様になっていて、過去の同じ日付に、過去に自分が投稿したものを再度見せてくれる機能があります。
そこで、息子がまだ小さい頃の写真が出てきました。

年の離れた甥っ子から「もう使わないから」という事で頂いたプラレールを展開したところの写真ですね。
これ以降、息子はプラレール(と、きかんしゃトーマス)にドハマりして、次々とパーツや車両を増やしていく訳ですが、それはまたのお話し(笑)
実はこのプラレール、発売当初からレールの企画や基本的な構造は何も変わっていないのです。
だからこそ、一回りも年の離れた いとこから、プラレールを貰って買い足したりできるのです。
この「変わらない」というある意味時代に逆行している事こそが、プラレールの強みになっているという事実。
庭屋さんにも随分当てはまるなぁと感じる事があります。
庭屋さんの歴史は古く、日本書紀という古ーーーい書物にもその記載があるほど古い職業です。
もう何でしょう。成長期とか成熟期とか衰退期とか、そういう人の物差しで測れるものは軽く通り越して、遥か昔から技術の積み重ねと伝承が行われてきた業界です。
ここまでくると、もはや新しい革新的な技術のアップデート何てありえないです。
それだけ古く停滞しているとも言えます。
しかし今、技術革新すさまじいこの時代に、果たしてそれは弱みなのでしょうか?
造園業の世界には折角身に着けた最新のプログラミング言語が全く使い物にならなくなりという事は起きません。
経験によって積み上げた自身の技術は、そのまま世の中に通用する技術として積み上げられ、それは時代が移り変わろうともそのままの価値を持ち続けるのです。
大きな変革の無い業界という事は、コツコツやるのが嫌いではない人には適職なんじゃないかなと感じます。
さて、くだんのプラレールですが、プレゼントしてくれた甥っ子は今や社会人です。
彼がもし結婚し、もし子供が生まれたとしたら、貰った時から買い足した膨大なプラレールをプレゼントし返したいと思います。
きっとそのころも、プラレールの規格は今のままなんでしょうから。


